剣と禅と心と。 (その3)

剣と禅。

勝海舟が若き時代に打ち込んだ修業時代の姿。

「氷川清話」に収録された後日談。

 

夜分に庭に出て木刀を振っては、時として岩の上に禅を組む。

その繰り返しを日課とした。と。

 

集中力の鍛錬と、禅による瞑想で得る、 「己は何者なり」。

 

貧乏旗本の息子。 他家への養子入りの話もあったが、結局

養子の話は流れ勝家の後を継ぐ。

 

男谷道場にて「直新陰流」の免許皆伝を得る。が、生涯剣を抜くことは無かった。

 

幕末維新の時期、時に幕臣それも重臣であった勝が

「おいらは幕末のあのご時世の中でも一度も剣を抜くことは無かった」と語り、

では、なぜ剣の修行をしたのですか。 と問われ、

 

「剣は心なり。心正しからざれば、剣また正しからず。 明鏡止水の如し」

「剣は人を切るために有らず。人を生かすために有り。」

と答えた。

 

また、 剣を振り回すものは、剣に殺される。 よって剣は抜かぬに限る。とし

剣の修行が有ったため、幕末維新のあの時期に、己の信念を揺るがすこと無く

難局を何度も乗り越えル事が出来たという。

 

(日本刀は世界で最も強い刃物。  YouTubeの動画にも、固定した日本刀に

短銃を撃ちかけたが、鉄砲の弾は分断されたが日本刀はびくともしなかった。

というものが有る)

 

剣と禅による精神修養は今の時代でも十分役に立つ。

 

特に、先が見えない時代ほど、精神修養は「己は何者。何をなすもの。」

という自己の探求をする心を作る。

その手段として、「剣と禅と心」に取り組む事とは、

 

剣の修養は体幹を作り、体を鍛える。

禅の修養は無と向き合う、つまり潜在意識との対話の時間を持てる。

心の修養(心理学を学ぶ)は、何故、己は迷い見失うか。と自己探求を学ぶ。

 

と、言えはしないだろうか。

 

勝海舟達が生きた時代、心理学は無かった。しかし、禅を組む時間も場所も

たくさんあった。それが、心理学に変わる精神修養の場であり、士農工商関

係なく学べた時代であった。

 

今の時代、もっと進んだ心理学の発達や、脳科学の進歩はある。

しかし、自分の生き様を考える時間も場所も、江戸以前の時代に比べ劣って

いるとは言えないだろうか。

 

禅とは、世界に誇る東洋の心理学と言えないか。

禅と双極にある、ヨガもまたしかり。

 

今こそ、老若男女を問わず、剣と禅と心とを、生活の中に取り入れても良いの

かもしれない。

 

 

 

 

   

 

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